new 夕涼み (岸本 眞佐男 副代表)
今年、私の実家がある兵庫の山あいの町で、歴代日本最高温度が観測された。いったい何が起きているのだろうか。子供がまだ小さかった頃、夏休みになると、大阪の暑さから逃げるように、頻繁に実家に帰っていた。クーラーなど無かったが、支障なく昼寝が出来た。夕方、ヒグラシの声がしてくると、裏庭にたっぷり打ち水し、床几やテーブルを出し、一番星が出る頃からそこで夕食や線香花火を楽しんだ。天ノ川が見える頃には、山から冷たい風が流れてき、地の人はそれを「極楽のあまり風」と呼んでいた。やがて何か羽織るものが必要なほど涼しくなったものである。
考えて見れば、それがわずか30年ほど前のことなのである。いつの間にか実家でもクーラーが必須になり、猛暑日や熱帯夜が当たり前になった。この変化の早さには恐怖さえおぼえる。温暖化は、近年幾何級数的に進行しているように感じる。
new 万博ボランティアの思い出 (新井 有美 火曜日教室)
6月の初め、大阪・関西万博のボランティアに参加してきました。地元・大阪での一大イベント。せっかくだから、何かお手伝いできればと思って応募しました。
4人グループで活動が始まり、その中にテキパキとお客様を案内する女性がいました。外国人のお客様にも、堂々と流暢な英語で接しています。休憩時間に、万博会場のビールの話題になった時、彼女が言いました。「私、18歳だからまだ飲めないんです」
大人びた印象だったので、全員が「えっ!」と声が出るほどの驚きでした。海外の高校を卒業したばかりとのこと。「みなさんと活動できて、本当に楽しいです!」彼女の明るいムードのおかげで、チームは一気に和やかになりました。活動の最後には「記念写真を撮りたいですね!」のひと言で、みんなそろって笑顔でカメラに収まりました。
これが、私にとって初めてのボランティア体験です。この万博は、忘れられない思い出になることでしょう。
右端が
新井さん
new 「好き」をながめる時間をつくる
(住友 未来子 日曜日教室)
大阪万博のボランティア活動に参加し、道案内を通じて世界各国からの来訪者と交流できました。
英語や他言語でのコミュニケーションは難しさもありましたが、ウェルカムボードでたくさん写真を撮ってもらい、たくさんの家族の楽しい思い出に参加することができました。笑顔やジェスチャーで心が通じ合う瞬間が何度もあり、国境を越えたつながりの大切さを実感しました。写真を撮った後、目を輝かせて「ありがとう」と言ってくれた子供たちのことが忘れられません。その純粋な感動が、万博の魅力を物語っているように感じました。
また、活動の合間には多くの国のパビリオンを訪れ、それぞれの文化や技術に触れることができました。特に未来の暮らしを体験できる展示では、自分がまるでSF映画の世界に入り込んだ感覚になり、思わず「もっと知りたい!」という気持ちが湧きました。人気のガンダムパビリオン、スペイン館の生フラメンコ、クウェート館の砂漠の砂体験、アメリカ館の月の石、UAE館のらくだのミルクを飲めるなど、たくさん新しい体験ができます。ボランティアとして人の役に立てた喜びと、自分自身が学び成長できた充実感がありました。この経験を通じて、異文化理解やホスピタリティの重要性を学び、今後も積極的に国際的な活動に関わっていきたいと思います。
ウェルカムボードで活躍する住友さん
new 日本語はむずかしい(2)
笑いのオノマトペ (^.^) オホホホ
(佐々木 知子 日曜日A教室)
物語
事件はパーティー会場の準備室でおこった。用意された菓子が減っていた。怪しい人物は5人に絞られた。
礫野浪平(50代男性)、バイキングマン(不詳)、原静香(小学5年生女子)、スカンク草丼(40代?男性)、伊佐板軽(50代女性)
犯人らしき声を聞いたという人物によると、「オホホホ」の笑い声を聞いたという。菓子のおいしさに、おもわず笑いが もれたようだ。
「オホホホ」の笑いは女性的で、そして若くはないはず。だから犯人は・・・。なんて短絡的な空想をしてしまいました。笑い声の「オホホホ」は、上品な女性的笑い(不気味さもある) とコメントされ、おそらく中年女性を連想された方も多いと思います。このセンスで犯人を決定してしまうと、「え、あの上品で落ち着いたお軽さんが!?」犯人かもしれないけれど、証拠不十分。
[ほほほ]を「hohoho]と書きあらわすことにします。はたして海外の方たちは単純に、この笑い声の主を、女性と連想するのでしょうか。
ヒンディー語では男性は「haha」で笑い、女性は「hehe」で笑い声を書き表すそうです。
中国語では、“呵呵”は「hohoho」に対応する。日本語で「hohoho」は女性的な笑い声を表す語であるが、中国語には[o]音を持つオノマトペがないため, 「哈哈/ xaxa」,「嘿嘿/ xeɪxeɪ」に訳される場合が多く、含み笑いを描写する「フフ」は「哼哼哼/ xɤŋ xɤŋ xɤŋ」に訳される場合もある。そして中国語の“呵呵”は女性だけに用いられる語ではない。
(日中オノマトペにおける「笑い」表現の使用とその日中対訳 孫 逸 筑波大学大学院 人文社会科学研究科 より)
ちなみに サンタクロースの笑いも「hohoho」です。それはホーホーホー」と、力強い[o]の引き伸ばしがあります。
笑のオノマトペは他国の方でも、共鳴できるのではと思えました。しかしながら昔から慣習として云われてきた『やけどに醤油』が、やけどには適切な方法でないように、信じ込みを避けるべき禁物であることに、似ている気がします。世界へ共通の感覚と、思ってはいけないですね。
クイズです。
Q 西アフリカのガーナで話されているオノマトペに、「カナナナナナナ」という言葉があります。どんな様子を表したオノマトペでしょうか。ニュアンスの近いものはどれでしょうか。
A. 先生が話し出すと、騒がしかった教室が“シーン”とした。
B. セミが“ミーンミーン”とせわしなく鳴いている。
C. 彼女は“ジャーン!”と大げさに、隠していたものを周りに見せた。
D. 彼は“グーグー”とイビキをかきながら眠っている。 答は最後にあります
次はフランス語の動物の鳴き声のオノマトペです。日本語と似ていると思いませんか。
犬: wouaf wouaf (ワッフワッフ)
猫:miaou miaou (ミャウミャウ)
にわとり:cocorico (ココリコ)
馬:hiiiiiiii(ヒィィィィ)
かえる:coax coax (コワコワ)
答えは[A]です
new 心臓とこころ (森 勝則 代表 火曜日教室)
私たちは日常的に「心臓」と「こころ」を何となく同義語(同じ意味の言葉)として使っているが、「心臓」は臓器であり、「こころ」は感情なので、全くの別物である。国語辞典で心臓は「循環器系の中心をなす内臓」であり、こころは「感じたり思ったり判断する感情の働き」と区別している。
一方、英和辞典で心臓(heart)は「感情の宿る心、胸部、感情」であり、こころ(mind)は「心、精神的に思考、意識を受け持つ部分」とされている。このように欧米ではほぼ同義語であるが、果たして心臓には心があるのだろうか?
心臓移植をすると、移植者側にドナーの癖や好みが受け継がれる事例が報告されているそうだ。古代キリスト教徒やマヤ文明でも心臓が「魂の場」とされて、「聖なる心臓(サクレ・クール)」の言葉が登場する。
古代日本語の表現にも、「こころがときめく」、「こころが躍る」、「こころが寂しい」、といった風に、あたかも心が心臓にあるかのように表現されている。私には「心臓は単なる臓器」というより、やはり「温かいこころ」であって欲しい。
七夕の願い事 (石田 勝彦 広報)
七夕の行事は奈良時代に中国から伝わったと言われています。昔は七夕の短冊に「文章や習字が上手になりますように」といった願い事を書いたことから、7月のことを文月と呼ぶようになったという説があります。
現代では短冊に色々な願いを書きます。今年の願い事としては、「地球上で起きている戦争が終わりますように」とか「米価格の高騰に代表される物価高が収まりますように」といった短冊が増えたのではないでしょうか。
漢字に慣れない学習者にとって漢字の学習は大変な努力が必要だと思いますが、7月6日の日本語能力試験を受ける学習者が良い結果を出せるよう祈っています。
クスクスでは9月28日に「書道体験」を計画しています。書道を通じて漢字が少しでも好きになるきっかけになることを願っています。
中国 芙蓉鎮旅行記 (山口 誉志也 日曜日、火曜日教室)
6月に3週間、中国の雲南、四川、貴州、湖南を一人旅し、湖南省の「芙蓉鎮」を訪れました。
旧名「王村」と呼ばれるこの場所は映画『芙蓉鎮』(1987)の影響で改名された映画のロケ地として有名です。この映画は主人公・玉音(劉暁慶)が革命運動の社会情勢に翻弄されるロマンスドラマ。
劇中で登場する郷土料理「米豆腐」は、米を挽いて煮立て、ニガリで固めた無味に近い料理で、脆いウイロウのような独特の食感は日本では想像しずらいものです。芙蓉鎮の約100店舗全てで提供されていて、中でも113号店と呼ばれる店で、1杯10元の米豆腐を食べてきました。習近平国家主席が1997年に訪れた写真が飾られるほど著名人もよく訪れるお店だそうです。米豆腐は優しい口当たりで、映画のように「ユーイン、おかわりくれよ!」とはなりませんでしたが、舞台の雰囲気と一緒に美味しくいただきました。
映画芙蓉鎮はネットで無料で見られますので、興味ある方は一度ご覧になってみてください。
芙蓉鎮
「梅雨」はなぜ「つゆ」とも「ばいう」とも読むの?
(石田 勝彦 広報)
6月には関西でも梅雨(つゆ)入りしました。この季節は日本では米を作るための田植えの時期と重なることから、農作物の成長にとっては恵みの雨となります。しかし雨の量が増えすぎると、洪水の災害が毎年のようにどこかで発生します。天気予報には注意が必要です。
ところで、「梅雨」と書いて「つゆ」とも「ばいう」とも読むのはどうしてでしょうか?
中国ではこの季節のことを、カビの生えやすいという意味の「黴雨(ばいう)」と、梅の実が熟す頃の雨だから「梅雨(ばいう)」という、二つのことばで表していました。そのうちの「梅雨(ばいう)」という言葉が江戸時代に中国から伝わったと言われています。それに対して、「つゆ」という言い方は露(つゆ)から転じた説が有力です。
「梅雨」にもう一つの言葉が付くと梅雨明け(つゆあけ)や梅雨前線(ばいうぜんせん)のように、同じ「梅雨」という漢字でも読み方が変わります。これは「梅雨」という言葉の前後に訓読みの言葉が付くときは「つゆ」と読み、音読みの言葉が付くときは「ばいう」と読むからです。
「学ぶ」とは (佐々木 美和子 火曜日教室)
辞書を引くと「学ぶ」とは、次の様な意味が記されています。
教えてもらって覚える、知識や技能を習得すること、勉強する、学問する、経験から学ぶこと等。
子供の頃は、大人になれば学ぶ事はそれ程ないと思ったけれど、全くの見当違いでした。むしろ年を重ねる毎に学ぶ大切さを知り、人生を豊かにする重要なものだと実感しています。
学び方は多様で、学校の勉強だけでなく日々の生活や文化、人とのコミュニケーションからも得る事が出来ます。クスクスの活動を通し、学習者と支援者が互いに寄り添って勉強する姿を見ると、改めて大切さが分かります。そして、ひたむきに学びあう姿は美しく、清々しい!
幾つになっても好奇心を忘れず、「一生涯何事も勉強」の気持ちで、活動に関わっていきたいと思います。
外国人向けの和太鼓の体験 (唐 瑞鎖 火曜日教室)
3月28日の午後、高槻市都市交流協会で日本語を勉強している外国人10人と一緒に高槻北高校で和太鼓を体験しました。参加してとても感動しました。素晴らしい一日を過ごすことができました。
学校に着いた時、生徒さん達はバス停で待ってくれていました。
和太鼓を習う教室で自己紹介した後、顧問の先生は「和太鼓の種類はいろいろありますが、その日習う和太鼓は4個です」と説明をしました。
長胴太鼓、桶胴太鼓、平胴太鼓、と附締太鼓で練習すると言いました。それから二つのグループに分かれて、全ての太鼓のたたき方を習いました。
生徒さんは熱心で丁寧に教えてくれました。両手に鼓棒をしっかり持ってリズムに合わせてたたきます。最初は私と和太鼓は一体になってなかったけれど、だんだん上手になってきました。私は生徒さんの笑顔を見ながら、練習しました。練習を重ねると皆上手にたたけるようになりました。生徒さんは私を褒めてくれました。その瞬間私は青春に戻った感じがしました。とても嬉しかったです。
最後に生徒さん達が和太鼓を2曲演奏してくれました。生徒さんの一生懸命な姿はとてもかっこよかったです。生徒さんみんなが一体となっていました。和太鼓の音はとても心に響きました。
帰る時は名残り惜しそうな笑顔で見送ってくれました。私達が見えなくなるまで手を振ってくれて、とてもしあわせになりました。参加者みんなの笑顔が一番印象に残っています。この和太鼓体験は大好きでした。感動をたくさんもらった一日でした。
日本での1年 (オーエンとニール 日曜日教室)
こんにちは! 私たちはオーエンとニールです。アイルランド出身の双子で、高槻に住んでいます。私たちは去年の3月に日本に引っ越しました。最初の3週間は東京で友だちの家に泊まり、その後関西に来ました。高槻のシェアハウスに住み始め、すぐにたくさんの友だちができました。
新しい友だちは日常の日本語の表現を教えてくれました。関西に来て1週間後にはお花見にも参加しました。
私たちは京都の公立高校でAET(英語の先生)として働き始めました。そして、高槻市役所や「Cuscus」で日本語を勉強しています。
この1年でたくさんの日本の伝統を体験しました。京都の祇園祭、岸和田のだんじり祭りに行き、お正月には神社に初詣をしました。大阪では相撲も見に行きました。
11月には日本語能力試験のN4級に合格し、今年7月のN3級に申し込みました。
最近、大阪万博で新しい仕事が決まりました。アイルランド館で働きます。万博に来る時は、ぜひアイルランド館にお立ち寄りください!
ニール(左)とオーエン(右)
支援者の東則子さんから
フォーリィ兄弟を担当するようになり、1年が経とうとしています。双子なのでとてもよく似ているのですが、髪の毛の短いほうがオーエン、髪が長くて束ねているほうがニールと覚えました。
熱心に日本語を勉強し、昨年12月のN4に二人そろって合格してくれました。日本の友人をたくさん作り、あちこち旅行に行き、日本の生活を満喫しています。
AET(Assistant English Teacher)の期間が3月に終了しましたが、「もう少し日本にいたい」と就活し、二人とも万博での仕事が決まりました。日本が好きになってくれて、私もうれしいです。N3もがんばりましょう!
「やまと言葉」入門 (森 勝則 火曜日教室)
日本語には漢語、翻訳語、カタカナ語の他に「やまと言葉」なるものがある。例えば、「たしなむ」という不思議な言葉は「やまと言葉」である。「お酒をたしなむ」といえば、「お酒を好んで親しむ」の意味であるが、「武道をたしなむ」といえば、「少々腕に覚えがある」の意味になる。
「わが身をたしなむ」となると、「慎み深く用心する」の意味になり、「お酒は召し上がりますか」と聞かれて、「たしなむ程度には」と答えると、「飲む量はともかく、節度はわきまえている」の意味になる。ふだん何げなく使っている言葉にも「やまと言葉」がたくさんある。「もてなし」 「つつしみ」 「ほほえみ」 「きれいさ」 「やさしさ」 「いたわり」 「なつかしさ」も全て「やまと言葉」なのである。私たちのご先祖はなんと美しい日本語を残してくれたのだろう、と感嘆しきりである。
「お」と「ご(御)」の使い分け
(渡辺 克江 日曜日B教室)
敬語を使う時、普段何気なく付けている「お」と「ご(御)」の使い分けのルールを整理してみましょう。
・お名前はここにお願いします。
・去年からお米が高くなりました。
のように「お」は訓読みの語(和語)の前につきます。他に、お酒・お手紙・お車・お知らせ・・・等があります。
・昨日のパーティではすごい御馳走がでた。
・ご結婚おめでとうございます。
これらは「ご(御)」が音読みの語(漢語)についたものです。
他にご丁寧・ご無沙汰・ご両親・ご挨拶・ご住所・・・等
例外として、お元気・お食事・お弁当・・のように、日常の話し言葉でよく使われる語には「お」に音読みの語が付くものも多くあります。
また訓読みの語に「ご」が付くのはごもっとも・ごゆっくり等限られています。
そして、返事・病気・気分のように「お」「ご」いずれも付く語もあります。
「ご」+漢語は改まった感じになるため、文章やビジネスの場ではそちらが多く使われます。
日本語は むずかしいⅠ 悲しい思い出
(佐々木 知子 日曜日A教室)
小学1年生のときのはなし。小学1年までに、ひらがなと自分の名前さえ書けたら いい時代のはなしです。私は100まで数えられて満足していました。昨今からは考えられないでしょう。
算数の時間に、道具として おはじきを使いました。
数の勉強です。先生が「おはじきを何こ 出してくださーい」。こどもはうれしそうに 色のついた おはじきを机の上に出します。数が増え、先生が「おはじきを じっこ出してください」 はて、「じっこ」がわかりません。私の聞き間違いなのか、1個なのか。戸惑いは大きく、涙が出て泣いてしまいました。 わたしの10個は「じゅっこ」で「じっこ」ではないのです。しかしながら正しい読みは「じっこ」の時代でした。
昭和41年の放送用語委員会で、20世紀を[ジッ][ジュッ]の両様の読みを認め、平成22年の常用漢字表の 改定では、補足 として「ジュッとも」と書き加えられました。「じゅっこ」も広がっています。さて、みなさんは どちらですか。『一本でもニンジン~10個でもイ・チ・ゴ』
OG寄稿 遠くて遠いバングラディシュ
(紺屋 ちづる ランプラ日本語トレーニングセンター)
モンゴル人の教え子のツテをたどって、バングラディシュに旅をしたのが二年前。その時隣の席だったバングラディシュ人の学校を手伝うということになって、昨年末から1か月バングラディシュに出かけた。冬のかの地は乾季で、日本の春うらら。ちょっと暖かい日には蚊帳が必要になる。ホントに別天地。私としては、前年度の小旅行で何となくわかっているつもりだったけど、一か月の滞在は想像以上に未知との遭遇の連続!
食事をはじめとする生活習慣、学習スタイル、指導方法等々。みんな学ぶ気満々なんだけど、日本人教師いや外国人教師になれていない分、ずれていることが多くて疲れ倍増って感じだったかな… だけど、親日的で教師への尊敬の度合いは高く、道を歩いていても誰彼なく見つめられてちょっと勘違いしそうになる自分が…
バングラディシュはインドの東側に位置し、南アジアのイスラム教国、今も最貧困国との位置づけは変わっていない。アフリカ諸国より遅い1971年の独立の折、日本が早々と認めたことが親日に結びついているとか。私はそのあたりの事情も知らず、調子に乗っていたことにひたすら反省しかない。
そして今、私にできることは何か? やはり、一人でも多くの若者が日本で仕事をして、国際感覚を身に着け豊かなバングラディシュを創っていく手伝いをすることだと、現地の学校に関わって考えた。色々とんちんかんなズレは、笑ってやり過ごせる勇気をもって、また、かの地に出かけたいと思う。。一日三食のカレーも慣れれば美味この上もないと感じられるものである。
首都ダッカまで九時間半、ことばはベンガル語、一日五回のお祈り、ホントに本当に遠くて遠いバングラディシュの若者たちに、日本のオバサンはエールを送り続けたい。
バングラディシュでは勉強に使う鉛筆、鉛筆削り、消しゴムといった文房具が不足しています。
日曜日教室参加者に寄付をお願いしたところ、会員と学習者から多くの文房具や現金の寄付が集まり、紺屋さんに託しました。ご協力ありがとうございました。
(日曜日A教室 石田)